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春の小川

いい人に会いたい。心のときめきを感じたい。

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もう一度子育てをするとしたら

 国や文化の数だけ子育て法はあります。万国共通のメソッドもあれば、日本人には奇異に映る海外の風習もあります。

 例えば、北欧では氷点下の中、ベビーカーに乗せた赤ちゃんを屋外に放置することがあり、中国の湖南省では、唐辛子を付けた箸を幼い子供に舐めさせて辛さに慣れさせるそうです。

 逆に、私たちには当然のことが、他国からは不思議に思われていることがあるかもしれません。実際のところ、日本の子育ては海外でどう捉えられているのでしょうか?今回は日米での子育て法の違いに焦点を当ててみました。


家族で寝る日本の習慣、実はグローバルスタンダード?

 アメリカで日本式の子育て法を語るとき、よく挙げられるのが「co-sleeping」、つまり親子で添い寝をすることです。アメリカでは子供の自立心を養うため、赤ちゃんの時から子供部屋に寝かせることが一般的。子供がある程度大きくなるまで家族で川の字になって寝る日本の風習は、アメリカ人には特異に映るようです。

 しかしながら世界に目を向けると、実は親子が同じベッド、もしくは同じ部屋で寝る国が大半で、「アメリカ式」の方が圧倒的に少数派だそうです。

 ハーバード大学出身で、最近異文化間の育児の違いに関する本を執筆したChristine Gross-Lohさんが100ヶ国を調査したところ、親子が別の部屋で寝るのはアメリカだけだったそうです。意外にも、「co-sleeping」は子供の自立心を養う上でも効果があるとChristineさんは言います。
 理由としては、子供を産まれてすぐから突き放すよりも、年齢相応に親に依存をさせてあげた方が、後々自立心が備わりやすいからだそうです。

 アメリカでは、非力な子供を昼間は親がなるべく手助けしてあげるべきだという考えが強く、その代わりに夜は一人で寝かせることで自立心を養わせるのだそうです。

 他方、子供と一緒に寝る日本の親は、日中子供に自分の荷物を持たせたり、家事を手伝わせるなどして自立心を育ませており、子供の自立心を訓練する時間帯に日米間で大きな違いがあるとChristineさんは考察しています。


日本よりも過保護なアメリカの親

 皆さんはヘリコプター・ペアレントという言葉をご存知でしょうか?あたかもヘリコプターに乗って上空から子供の様子を監視するかのように子供の日常に過剰に関与したがる親のことをアメリカではこう呼びます。

 ヘリコプター・ペアレントは極端な例としても、アメリカでは親が子供の生活に深く関わり、様々なリスクから子供を守るべきだと考える親が多いと言われています。中には、日本の親からすると過保護では?と感じる行動も見受けられます。

 例えば、アメリカでは公園で子供たちを遊ばせるとき、他の子供との喧嘩を避けるため、親が子供に付いて回るのが一般的だそうです。前述のChristineさんは、ご主人と一緒に4人の子供を日本で育てた経験があるそうですが、日本で公園に行った際、子供について回っている親は自分だけでとても驚いたそうです。

 アメリカでは自立心や自由の精神が尊ばれますが、Christineさんは、むしろ日本の子供たちの方がこれらの特性を養うのに適した環境で育てられていると感じたそうです。

 こうした経験を通じ、Christineさんはアメリカでは良いことだと教えられてきた子育て法も、度が過ぎるとむしろ子供の成長にとって有害になり得ることに気付かされたそうです。

 逆に、Christineさんがアメリカ式の子育てで誇りに感じた点は、親が寛容な子供を育てることに努力を惜しまないことだそうです。

 多様性の豊かなアメリカ社会では、寛容さをもった子供を育てることはとても大切なことだとChristineさんは言います。

 画一的な日本社会にあって、子供に自分と異なる考えや文化を受け入れる寛容さを学ばせることは簡単ではありませんが、世界に通用する人材を育てる上ではとても大切なことであり、アメリカの子育て法に大いに学びたい点だと思います。

異文化を学ぶことで、自分の子育て法を客観視

 自分の子育てが正しいのか、自信が揺らぐ瞬間は誰にでもあると思います。Christineさんは、多くの国の子育て法を研究することによって、いい親になるためには1つのメソッドに従うのではなく、様々なアプローチがあることを学び、リラックスして育児ができるようになったと言います。

 親から受け継いだ伝統や風習を大切にしつつも、異文化の子育て法にも目を向けることは、自分の子育ての良い点を再認識したり、逆に足りない点に気付く上でとても有意義なことだと思います。

参考元:
abc News: “What American Parents Need to Do Better: Lessons from the Rest of the World”

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何でしょうね、2013年も後わずかとなってしまって。

 昨年にも「もうじき一年が経ってしまう……」などと書いている……。
 ヤ7ダヤだ、それで放っておいて。
 放っておかないで。
 もっともっと頑張って。
 努力しなければ、いいことなんか、起きるはずないじゃない。
 どんな人にも一つや二つ、夢中になれること、神様が与えてくださっているのでしょうから。

 今年の恋はうまくいった?
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旅行者物価指数。世界でどの都市が旅行者に優しいか。

 旅行口コミサイト「TripAdvisor(トリップアドバイザー)」は、外国人観光客数の多い世界49都市における旅行者の出費を比較調査した「旅行者物価指数(トリップインデックス)」を発表。

 その結果、旅行者の財布に最も優しい都市に「ソフィア」(ブルガリア)、旅行者の財布に最も厳しい都市に「オスロ」(ノルウェー)が選ばれた。



「トリップインデックス」は、世界の人気都市で旅行者が一晩で使う「一般的な費用」を比較したもの。

「一般的な費用」では、2人でタクシー(走行距離2マイル×往復/約3.21km×2)を使って夕食に出かけ、現地の一般的なメニュー(2人分)とカクテル(トップクラスのホテルでドライマティーニを2杯)を堪能し、ホテル(4つ星クラス)に1泊したことを想定している。



 調査の結果、旅行者物価の最も安い都市は「ソフィア」(ブルガリア)の15,521円。

 次いで、「ハノイ」(ベトナム)の17,250円、「ワルシャワ(ポーランド)の18,374円となった。    

 一方、最も旅行者物価の高い都市は「オスロ」(ノルウェー)で56,950円で、「チューリッヒ」(スイス)の51,287円が続いている。



 今回の調査で、最も高かった「オスロ」の合計金額は「ソフィア」のおよそ3.5倍。

 なお、「東京」は39,457円と世界のワースト12位で、アジアでは最も旅行者物価の高い都市となっている。


●旅行者物価の安い国 トップ10

1位 ソフィア(ブルガリア) 計15,521円
2位 ハノイ(ベトナム) 計17,250円
3位 ワルシャワ(ポーランド) 計18,374円
4位 シャルムエルシェイク(エジプト) 計18,741円
5位 ブダペスト(ハンガリー) 計18,962円
6位 バンコク(タイ) 計19,716円
7位 クアラルンプール(マレーシア) 計21,327円
8位 チュニス(チュニジア) 計21,441円
9位 ケープタウン(南アフリカ) 計21,507円
10位 リヤド(サウジアラビア) 計21,561円



●旅行物価の高い国 ワースト10

1位 オスロ(ノルウェー) 計56,950円
2位 チューリッヒ(スイス) 計51,287円
3位 ストックホルム(スウェーデン) 計51,153円
4位 ニューヨーク(アメリカ) 計50,532円
5位 パリ(フランス) 計50,118円
6位 シドニー(オーストラリア) 計45,116円
7位 ロンドン(イギリス) 計44,216円
8位 コペンハーゲン(デンマーク) 計43,495円
9位 カンクン(メキシコ) 計43,227円
10位 プンタカナ(ブラジル) 計42,669円



文字色12位 東京(日本) 計39,457

Update : 2013.06.12


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ゼッタイに語れないこともあるのでしょうね。

 太平洋戦争では、日本赤十字社の救護看護婦たちも次々と戦地へ送り出された。終戦から15日で68年。過酷な運命をたどり、90歳前後になった元看護婦が、自らの体験を語った。


 ◇「骨と皮」、戦病者続出のビルマ

 岐阜県の職業軍人の家に生まれた長谷部鷹子さん(92)は、1943(昭和18)年10月に召集され、船で南方へ向かった。シンガポールを経由して鉄道やトラックを乗り継ぎ、到着したのはビルマ(現ミャンマー)だった。

 44年3月から、1300メートルの高地にあるメイミョウの121兵たん病院に勤務。アメーバ赤痢や発疹チフスなどに苦しむ兵士たちを看護した。

 病状に合わせておかゆやスープも作った。「東北出身の方が、『看護婦さんありがとう。お母さんが作ってくれたのと同じだ』と泣くんです。梅干し一つとおかゆだけでしたが、おいしかったのでしょう」。手を合わせて感謝されたが、コレラのため翌朝亡くなったという。

 日本軍は、インド北東部の要衝インパール攻略へ作戦を展開中だったが、補給の軽視から食料・弾薬が欠乏。飢えやマラリアなどで戦病者が続出した。「死んでいくときは骨と皮。それでも負けるとは思っていませんでした」。

 戦火が迫る中、長谷部さんら看護婦は軍のトラックで脱出。別の町の病院部隊と合流したが、そこも危なくなり、雨期の山道を泥水につかりながら、互いに支え合い、徒歩で国境を越えて2カ月後にタイのチェンマイにたどり着いた。途中には、おにぎりを持たせて先に行かせた患者たちが座り込み、水を求めていた。水筒のキャップで1杯ずつ口に注ぎ、「元気になって後から来てください」と声を掛けることしかできなかったという。


 ◇八路軍に抑留、帰国は14年後

 長野県出身の肥後喜久恵さん(89)は、44年3月に応召。従軍看護婦として旧満州の興城第1陸軍病院に勤務していたが、看護婦生徒を連れて野外の訓練を終え、部隊の裏門まで戻った際に敗戦を知らされたという。

 その日の夜、酒が入ると兵隊たちは荒れた。「歌う人、怒る人、泣く人。将校は肩章や襟章をむしり取って床に投げつけ、軍刀を抜いて窓ガラスを割る人もいました」。

 2、3日後、激しい雨の中を部隊とともに駅まで歩き、列車で奉天(現在の瀋陽)近くまで移動。空き校舎に患者を収容したが、八路軍(中国共産党軍)に武装解除され、肥後さんら看護婦6人だけが抑留された。

 以後、中国内戦に巻き込まれ、八路軍の医療従事者として、傷病兵らの治療や手術に当たった。49年の中華人民共和国成立後は、人民志願軍として朝鮮戦争に参加するよう指示され、死を覚悟して国境で渡河命令を待ったという。


 帰国したのは召集から14年後の58年7月。34歳になっていた。「侵略してもされても、戦争で物事を解決するのは絶対反対です。即、人の命を奪うことですから」。 


毛沢東、A級戦犯訪中を希望=56~57年の対日元軍人工作-外交文書で・中国(時事通信)
名誉回復から四半世紀=強制収容の日系米国人(時事通信)
関門海峡で機雷を爆破処理=太平洋戦争中、米軍が投下(時事通信)
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世界で唯一の被爆国。日本は戦争の悲惨さを忘れてはならない。

 ヒロシマの声は最も痛切である。
 ヒロシマを忘れてる人がいはしないか。
 いつ如何なることがあっても、
 決して武器を手に執らないとの決意が出来ているか。
 ヒロシマを日本に持つことの苦難な光栄を
 人類に宣言するだけの覚悟があるか。
 戦争の大半は、人の心の中にある。

 ─ 豊島 与志雄 ─

  (『ヒロシマの声』)
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